「文通」
【NEC ワードプロセッサー 文豪mini7G】 モノ・コト編②
悪筆がずっとコンプレックスだった。
特に意識し始めたのは中学生になった頃か、字の上手い級友が羨ましかった。文字の綺麗な女の子は、それだけで可愛さが五割増した。
そんな初心なのか不純なのかわからない少年にも、恋心を抱く相手が現れた。そしてどういう展開か、文通を持ちかけられた。一時は舞い上がったものの、冷静になって慌てた。下手くそな字を彼女に見られたくない。馬鹿にされたらどうしよう?
不安を抱えたまま何度か手紙のやりとりをしたある日、恐れていたことが現実になった。あまりの悪筆に嫌気がさしたのだろう。文面の詳細は覚えていないが、最後の「さよなら」の文字だけは鮮明に記憶している。
この件がトラウマになり、すっかり筆無精になった。
歳月が流れ、元少年はこの「文豪」を手に入れた。ワープロがようやく普及し始めた頃だったが、早々と手書き文書からの逃亡生活を始めていたこともあり、こいつは二台目だった。
ある晩、いつものように感熱紙に打ち出された文字を眺めていると、ふいに十年前の少女の顔が浮かんだ。
あの時ワープロがあったら、自分はどうしただろう?
彼女からの手紙の返事をワープロで? まさか、さすがにそれはないだろう.....
すると、妄想の中の少女がポツリと漏らした。
『○○君は字のことばかり気にして、ちっともあたしのことなんか考えてなかった』
頭を殴られたような衝撃だった。
十年経ってようやく真相に辿り着いた気分だったが、トラウマの原因がAからBに替わっただけで、相変わらず手紙は大の苦手である。
ああ、やっぱり字の上手い人間が羨ましい!