syouwanowasuremono’s blog

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昭和の忘れもの

「度胸試し」

ヤマハ RT360(画像は改良型)】 バイク編⑥

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  70年代の始めにヒットしたヤマハのオフロードバイク「DT250」の兄貴分だ。

  DT250は街乗りもこなす優等生だったが、この兄貴は荒くれ者で不評だった。にもかかわらず取り上げたのは、乗っていたIという人物の印象が強烈だったからだ。

 ある夏の日、仲間とバイク談義に花を咲かせているところにふらりと彼は現れた。

 チェックのハーフパンツにストライプの開襟シャツ、足元は素足に革靴(明らかに父親のお下がりと思われるビジネスシューズ)だった。ファッションは個人の自由とはいえ、女子受けを第一義に日々心を砕いていた仲間たちは一斉に引いた。

 彼の乗っていたRT360(初期型)にも全員が眉をひそめた。このバイクは「ヒールクラッシャー」という異名を持ち、不慣れな人間がエンジンを掛けようとするとキックペダルを踏み込めずに跳ね返され、強烈な一撃(ケッチン)を食らってしまう。結果、踵の骨を砕かれて松葉杖の世話になった人間を実際に二人ほど知っている。

 高価なライディングブーツには手が届かず、防御手段としてやむなくお下がりの革靴で代用したのだろうと察したものの、Iとは歩み寄れなかった。

「エンジンをかけられたら好きに乗っていいぜ。その度胸があればな」

 彼は仲間の輪に割り込んできてはそんな挑発を繰り返したのだ。当然、誰も相手にしなかった。そんな無謀な度胸試しなど端からお断りだ。

 しばらくしてIは顔を見せなくなったが、心優しい仲間のひとりがぼそっと言った。

「あいつ、ほんとは仲間になりたかったんじゃないかな」

 だが、同意する者はいなかった。もしもそうなら、もう少し違うアプローチの仕方があっただろう。だいたい、服装もバイクの嗜好も自分たちとはあまりにかけ離れていて、およそ持っている世界が違う気がした。

 Iの本心はわからずじまいだが、RT360を愛車に選んだ時点で“超”個性的であることは確かで、ブレずに一匹狼を貫いていれば周囲の見方も違っていたかもしれない。

「目撃!謎のRT乗り」あるいは「孤高のライダー出没!」とか?