「煙(けむ)に巻く」
【カワサキ 500SSマッハⅢ】バイク編⑦
直線番長、暴れ馬、クレージーマッハ等々・・・揶揄する言葉はいくつもあったが、バイク史に残る鮮烈な個性の持ち主であることは間違いない。
エンジン特性は過激で音はうるさいし、コーナーは曲がりにくい。おまけに、高速ではオイル混じりの白煙を大量に吐き出しながら疾走する。誰がこんなマシンを好き好んで選ぶのだろう?
そんなふうに思っていたら、選りに選って仲間のMが得意満面で乗り付けてきたので皆が驚いた。彼はおとなしい性格で、ぽっちゃりした体型と愛嬌のある笑顔も含め、マシンとのギャップが不思議で仕方がなかった。
ある夏、仲間五人でロングツーリングした際のことだ。地方の街で、地元の暴走族に絡まれそうになったことがあった。たまたま仲間の一台が信号に引っかかって遅れたので、速度を落として走行していたのだが、彼らには挑発行為に映ったらしい。
相手にする気はなかったが、数台のバイクにしつこく付きまとわれた。さすがに閉口したので振り切ることに決め、速度を上げた。当然相手も追随してきて、ちょっとしたレースになりかけた。その時、後方から白煙を吐きながら猛追してくるマシンがあった。遅れていたMのマッハⅢだった。状況がわからないMは暴走族のバイクをごぼう抜きにし、僕らの最後部に追いついた。仲間が揃ったところで、さらに加速して難を逃れた。
しばらく走って、ドライブインで小休止することにした。
「やけに飛ばしてたけど、俺を置いてきぼりにするなんて冷たいじゃないか」
「そんなはずないだろ。何より、面倒にならずに済んだのはお前のおかげさ」
噛み合わない会話にもMは笑顔だった。
彼は事の顛末を把握していなかったが、“クレージー”なマシンを乗りこなしているライダーを目にして、暴走族の連中は本能的に怯んだに違いない。
彼を知らない連中は、マシンの特性を勝手にライダーの人物像に結びつけたのだ。確かに、自分たちを無視して、白煙を上げてかっ飛んでいく人間とまともに張り合おうとは思わなかっただろう。
知らぬが仏。やんちゃな連中を、文字通り”煙に巻いた”古い逸話である。