syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

昭和の忘れもの

 「少年の後悔」

【手編みのマフラー】モノ・コト編⑪

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 前回の修学旅行の話の流れで、恥ずかしい思い出を語ってしまおう。

 級友の多くは万博を楽しみにしていたのだが、一部の男女にとってはもう一つ大きな「イベント」があった。それは旅行中、僅か一時間だけ許された自由時間の使い途だった。土産店を覗くも良し、小路を散策するも良し。もちろん、好きな相手(異性)と一緒に。

 当日の「デート」の約束を取付けるために、旅行前に意中の相手に思いを告げる。そうしないまま卒業してしまったらきっと後悔する―――そんな切迫感が彼らの背中を押すのだ。とはいえ、考えてみれば一時間以内の移動範囲などたかが知れている。しかも、周りは顔見知りばかり。そんな状況で“二人の世界”など望むべくもなかった。

 つまり、本人たちはこれはイベントに過ぎない、中学時代の思い出になればいいと割り切ってもいたのだ。したがって、修学旅行が終わって不思議な熱気が冷めると、俄カップルはほとんどが自然消滅していく。そして、何事も無かったように卒業を迎えるのだ。

 だが稀に、冷静になって改めて向き合うことを考える真面目な人間も存在した。しかし、まさか自分がその渦中に巻き込まれるとは思いもしなかった。

 その冬の日曜日。彼女(あくまでも人称である)の自宅に招待された。

 これまで味わったことのない緊張感の中、居間に通された。意外にも彼女の他には誰もいなかった。てっきり両親が顔を出してあれこれ訊かれるかと覚悟していたので、一気に緊張感が緩んだ。ところがほっとしたのも束の間、今度は同じ部屋の中で彼女と二人きりという新たな緊張状態が発生した。

 頭の中が真っ白な少年に対して、彼女は話すべきことを決めていたらしく理路整然と進路のことや家族のこと、さらにはお互いの今後についてまで語った。

(ちょっと待ってくれ。この展開は何だ?)

 少年は圧倒され、曖昧な返答と相づちに終始した。無理もない。少し前まで部活一筋だった初心な(?)彼にとって、ようやく少しだけ打ち解けて話ができるようになったばかりの女の子との“未来”など、想像しようもなかった。

 それでも、彼女が自分に対して悪い感情を抱いていないことだけはわかった。その証拠に、帰り際に顔を赤らめながら手渡してくれたのだ。白い手編みのマフラーを。尤も、そのころ女子の間では、ボーイフレンドに手編みのマフラーを贈ることが流行っていたので、それに倣っただけだったかもしれない。もちろん、それを確かめる余裕はなかった。

 気まずさもあって慌ただしく玄関を出ると、駅まで送ると彼女が言った。その日は木枯らしの吹く寒い日だったのだが、彼女が羽織っていたのは薄手のコートだった。

 案の定、駅に着いた頃にはすっかり冷え切って彼女の唇は紫色になっていた。少年は思わず自分の首に巻いていたマフラーを外して彼女の首に巻き、ホームに駆け込んだ。

 彼は優しさのつもりだったのだが、相手はどう思ったのだろう。おそらくこれ以上はない侮辱と感じたことだろう。当たり前だ。一生懸命編んだマフラーを“突き返された”のだから。少年には女心を理解することができなかった。いや、それ以前の問題だ。

 それから間もなくのことだった、彼女から「さよなら」を告げられたのは。お気付きと思うが、この彼女があの「文通」事件の相手である。つまり、本当はこの「マフラー」事件が発端だったのに、潜在意識は都合良く「悪筆」をクローズアップしたのだ。

 けれども現実は正直だ。言い分など関係なく、初っ端での躓きはトラウマとなって尾を引き、その後の少年の恋バナは連戦連敗を喫することとなった。