syouwanowasuremono’s blog

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「代償」

【スバル レックス(360㏄)】クルマ編⑤

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 中古で買ったロータリークーペの月々の支払いと高額なガソリン代に汲々としていた頃、旧友のAからドライブの誘いがあった。

 Aとは小学校から高校まで一緒だったが、怠け者の誰かとは違って真面目な秀才タイプで、高校時代は受験勉強に明け暮れていた。もちろんバイクに関心などなかったので自然に距離ができ、電話することもほとんどなくなっていた。

 そんな彼から声を掛けられて意外に思ったが、卒業から年月が過ぎた懐かしさもあって二つ返事でOKした。彼がどんなクルマを選んだのかという好奇心もあった。

 だが、現れたクルマを見て拍子抜けした。スバルの軽自動車「レックス」だった。

 決して軽自動車を馬鹿にしているわけではない。350㏄以上のバイクを散々乗り回していた身としては、360㏄の軽自動車(後に規制が変わり500㏄、550㏄へと拡大した)は感覚的に「自動車」というイメージではなかったのだ。しかも、自分の愛車がいわゆる「スポーツカー」に属するものだったので、その感はさらに大きかった。

 でもそれは趣味・嗜好の問題であり、他人が口を挟むことではない。彼は二輪を経験していないし、そこにあったロマンとかには無関心だった。彼が求めていたのは実用性、移動手段としての四輪車だった。軽自動車という選択は経済性でも堅実といえた。

 Aは休日を利用して関東近郊の観光地巡りを楽しんでいた。免許を取ってから半年ほどは家族しか乗せなかったが、ようやく他人を乗せる余裕ができたという。

 車中では近況などを語りながら千葉方面の観光地を巡り、何事もなく帰路についた。

 途中で自動車専用道路に入った。渋滞もなく、快適なドライブだった。ところが、しばらくしてやけにエンジンがうるさく、風切り音も耳に付くようになった。気になってスピードメーターを覗くと100㎞近くを指していた。

 正面に目をやると、先行車がみるみる迫ってくる。Aは速度を落とすことなく、追い越し車線に出てその車を追い抜いた。ところが、彼は走行車線には戻らず、さらにアクセルを踏み込んだ。

「そんなに飛ばさなくていいよ。ゆっくり帰ろうぜ」

 その言葉を無視し、Aは相変わらず追い越し車線を全開で走り続けた。

 速度自体が恐怖だったのではない。身体むき出しのバイクで、それなりの速度で散々走ってきたのだ。四方を覆われたクルマで100㎞超で走ることなどどうということもない。だが、エンジンの喘ぎやミッションの唸りは別だ。メカに関しては経験値というか、感覚で何となく察することができるのだ。先ほどからエンジンは悲鳴を上げている・・・。

 ザワザワした思いが頂点に達しようとした時、恐れていた事態が起こった。

『ボンッ』という音に続いて『ボッ、ボッ、ボボボ』という下水が詰まったような、潰れたパイプから空気が漏れるような音が背後(このレックスはリアにエンジンを積んでいる)から響き、エンジンが止まった。

 車体を震わせながら、何とか路肩に寄せた。交通量が少ないことが幸いだった。

 彼はまだ事態が呑み込めず、何度もキーを捻った。エンジンは掛からなかった。

エンジンブローだ。焼き付きだよ」

 そう言い含めると、Aは渋々レッカーを手配し、我々は電車で帰ることになった。

「あれくらいで壊れるなんて。もう軽は買わない!」

 彼は最後まで自分の運転の非を認めることはなかった。だが、その頑なさに呆れるというよりも、この真面目人間にも子供じみた意固地な面があると知って親しみを覚えた。劣等生が数式や科学の法則が苦手なのと同じで、優等生の彼は機械モノの機嫌の取り方を知らなかっただけなのだ。

 結局レックスは廃車することになり、早速次の車種を決めたという。その車名を聞いてちょっと嬉しくなった。後に“韋駄天”と呼ばれたスポーティーカーだった。Aは高い授業料を払ったけれど、クルマとの付き合い方を考え直したようだ。

 だから、こちらも心に決めた。またドライブに誘われたら喜んで付き合おうと。