syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

昭和の忘れもの

「萌芽の時代」

【情報誌『ぴあ』】モノ・コト編⑱
 Ⓒぴあ イラスト:及川正通

f:id:syouwanowasuremono:20210520012325j:plain

 若者たちが熱に浮かされたように繁華街を徘徊していた時代だった。

 何を求め、何処を目指していたのかも定かではない。とにかく新しい何かの起爆剤とするべく、映画や演劇にアンテナを張っていた。そこに忽然と登場したのがエンタメ情報誌『ぴあ』だった。ネットなどない時代、映画・演劇・コンサートの情報がどんなに貴重だったことか。

 とはいうものの、創刊当初は厳しい現実が立ち塞がった。素人が立ち上げた、コアな対象に向けた雑誌など売れるはずがない―――そう判断した取次(問屋)に相手にされなかったからだ。だが、そんなチャレンジャーに直販(取次を通さずに直接書店と取引すること)で流通させる道筋をつけた人物がいた。新宿K書店の創業者T氏である。

 スタート時は2000部程度の実売だった『ぴあ』は後に急成長し、取次が扱うようになるとピーク時は50万部を超えた。そんな『ぴあ』の台頭によって舞台から消えた同類誌があった一方で、時流を読んだ業界人によってテレビ・ラジオ番組の情報誌が順次発行されていった。稀代の粋人であったT氏の慧眼の証左と言えるだろう。

 時は流れ、一時代を築いた『ぴあ』もすでに雑誌としては消滅し、『チケットぴあ』という名称に名残を留めるだけだ。今や書籍は言うに及ばず、雑誌全般が衰退の一途を辿っている。紙媒体の宿命で、情報伝播の速度はネットとは比較にならない。書籍や雑誌が完全に消滅するとは考え難いが、巷で耳にする「紙の温もり」とか「活字の表情」といった“情緒論”には限界があるように思う。

 何よりも、スマホの画面に見入る若者たちの目にはかつての探求心や好奇心、ギラギラした野心といった危うさが見られない。それが善なのか悪なのか、断ずることはできない。しかし、懸念材料であることは確かだ。情報の選択肢は無限であるのに対し、自ら作り出す熱意・熱気といったものはもはや生まれないのかもしれない。

 全盛期の『ぴあ』発売日、書店の店頭は戦争状態だった。

 早朝の新宿K書店の店頭では、包装紙で筒状に丸めた同誌が棚や段ボール箱に刺さり、まるで食堂の箸立ての様相を呈していた。開店と同時に客が雪崩れ込み、読者は奪うように“箸”を引き抜いていく。当時の定価は100円。消費税導入以前のことなので、客は100円玉をカウンターに投げるようにして売り場を後にする。こうして毎号1000部ほどが完売してしまうのだった。

 若者たち(とは限らないが)は買い求めた『ぴあ』を捲りながら、近隣の映画館や劇場へと向かう。そして鑑賞後は喫茶店や居酒屋に繰り出し、映画論や演劇論を熱く語り合う―――街にはそんな場面が溢れていた・・・。

 古株の業界人が溜息混じりに語った、今は昔の光景である。