syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

昭和の忘れもの

「紅葉が沁みる」

【CB750four part2】バイク編⑲

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 ナナハンを手に入れてしばらく経った頃だ。どういう話の流れだったのか忘れたが、高校の部活のOB会があった。思い出と言うほどの年月は経っていなかったが、久しぶりに再会した元部員たちはアルコールの力もあって大いに盛り上がった。

 その席で、後輩の女子に突然訊ねられた。

「先輩、○○さんの小説読んだことありますか?」

 あるも何も、当時愛読していた作家で、バイク熱を再燃させた張本人だった。

「罪な作家だよね。おかげでナナハンを買ってしまったんだ」

「ホントですか!? ぜひ乗せてください!」

 驚いた。彼女は雰囲気的には太宰治辺りが似合う、典型的な文学少女だと思い込んでいた。バイクとはとうてい無縁の“お嬢さん”。それが高校時代に抱いていたイメージだった。

 小説の話で盛り上がり、気がつくとバイクについて熱弁を振るっている自分がいた。女性にバイクの話など無粋だと思ったが、真剣に耳を傾けてくれる様子を見ると、あながち社交辞令でもなさそうだ。そう都合良く解釈したのは、相手が美人だったせいだろう。

 信じられないような急展開で、2週間後に彼女とタンデムツーリングに出かける約束をした。M岳からH村に至る高原ルートだ。秋も深まり、そのころ山間部は紅葉で彩られているはずだ。秋空の下でのツーリングに期待は高まった。

 彼女用のフルフェイスも準備した。色はタンクに合わせたシルバーで、ライダーとお揃いだ。CB750の購入を決めた時点でヘルメットは義務化されていたので、以前のような反抗心もなく素直に受け入れた。マシンの性能を考えれば安全面で当然のことだ。(安易な手の平返しとの非難は甘んじて受けよう)

 当日は最寄り駅まで迎えに行ったのだが、彼女を一目見るなり嬉しくなった。デニムのパンツにアンクルブーツ、十分な防寒性のあるジャケット。さすがに○○氏のファンだけあって、タンデムに申し分のない装いだった。その出立ちにすっかり安心し、こちらもいくぶん肩の力が抜けた。ヘルメットを渡し、ナナハンをスタートさせた。

 期待した通り、彼女はライダーの動きに逆らうことなく、マシンと一体になってタンデムを楽しんでくれた。―――終日快晴。景色もまた期待以上の紅葉のグラデーションで、自身のツーリング経験の中でもベストのシチュエーションといえた。

 久しく遠ざかっていた感慨に浸ったことで、自分の中で何かが変わったように思った。そもそもこのタンデムツーリングは、彼女にとっては小説世界の追体験ほどの意味合いだった。付き合うこちらにも雑念は微塵もなかった。ところが、自然体の無防備な彼女の言動を間近で目にして、微妙で厄介な感情が芽生えてしまったらしい。

 先輩と後輩、男と女という関係性と感情のバランス―――そうした葛藤を抱えながら、彼女とは付かず離れずのまま時が流れた。言うまでもなく、二人の距離感に苦悩していたのは一方的なもので、彼女は一貫して何も変わっていなかった。いや、聡明な彼女は気持ちの温度差を感じながら、敢えて“後輩”という役柄に徹していたのだろう。

 その夏の暑中見舞いの行末に「婚約しました」の一文が添えられていた。形式張らない文章とそのさりげなさが、彼女の心情を物語っていた。収まるべき所に収まっただけのことで、“先輩”としては祝福する以外にできることはなかった。

 ほどなく紅葉の季節が巡ってきた。強がって前年と同じコースをソロで走ってみた。だが、覚悟はしていたものの、ひとりで受け止める風は想像以上に冷たかった・・・。

  錦秋や 銀の翼で 駆け抜ける