syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

昭和の忘れもの

「ジョナサンタワー」

【『かもめのジョナサン』 リチャード・バック著(新潮文庫)】モノ・コト編㉗

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  1970年にアメリカで刊行され、74年に日本でも五木寛之の訳で120万部のベストセラーとなった。同年、アメリカでは累計1500万部に達したという。昨今の出版不況を思うと信じがたい数字である。ヒットの要因がいろいろ論議され宗教的、社会学的な見地からの分析も試みられた。日本国内では書評や解説が雑誌や新聞の紙面を賑わせ、「カモメのみなさん」など多くのパロディーも生まれた。さらに、アメリカ本国では映画化されるほどの過熱ぶりだった。因みにサントラ盤(ⒸCBS SONY 写真下)の制作を手掛けたのは、ロックの殿堂入りをしたニール・ダイアモンドである。

 前置きが長くなったが、原作や翻訳本について論じるつもりは毛頭ない。もちろん映画及びサントラに関しても同様だ。何事においても、思いがけないヒット商品が生まれることがあるものだ。世の中に人の感情や欲望が存在する限り、その芽はあらゆる所に萌え出ているに違いない。大きな潮流に至る要因が何かの偶然なのか、あるいは時代の必然なのかはわからないにしても。

かもめのジョナサン』はあくまでそうした一例に過ぎない。そこで今回は“ブーム”の最中だった当時の、都内某書店のある日の様子を伝えるだけに留めることにする。

 午前8時。店舗裏の荷受け場にトラックが到着した。バックで荷受け場のデッキにピタリと停めると、運転手が防水布の幌を捲る。荷台には大量の文庫本が積まれていた。ドライバーと書店の2人の担当者は、手渡しで満載された文庫本の束を専用台車に載せ替え、山積みされた台車はエレベーターで地下の倉庫へ下ろされる。

 エレベーターのドアが開くと、左手は広い書庫でスチール棚が幾列も並んでいる。各段に整然と書籍が並び、特有の匂いが漂っている。台車を進めると、中央に5メートル四方ほどの空間があり、リノリュームの床には木製のパレット(台)が敷いてあった。

 台車を運んできた2人は、先ほどとは逆の手順で文庫本の束をパレットの上に下ろしていく。それはたちまち積み上がり、紺色の文庫本の塔が完成した。その総数1000冊。背表紙のタイトルは『かもめのジョナサン』だった。

 彼らはその塔を「ジョナサンタワー」と呼んでいたが、この塔は1日目に一気に半分ほどになり、以降毎日少しずつ低くなっていく。売場の担当者が店頭補充のために取り崩していくからだ。そうして塔と呼べない高さになると、再び仕入れて元の高さに戻されるのだ。

 海の向こうでは一時「ト〇〇プタワー」なるビルが取り沙汰された。建物に罪はないのだが、様々な風評が品位や知性までも貶める結果となった。それはともかく、書店の倉庫の一隅で日々繰り返されるこの“スクラップ&ビルド”は、出版文化の象徴にも思える。表面の色や高さを変えながら繰り返し建て替えられるこの“知の塔”は、アナクロでアナログな光景ではあるけれど、この先も失われてほしくない。

 そう心から願うのである。