syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

青い鳥と錦鯉

〈昭和の忘れもの〉クルマ編⑰

ダットサン ブルーバード1200DX(410型)】

 かつてBC戦争なる熾烈な競争があった。

『ブルーバード』(日産)VS『コロナ』トヨタ)という、2大自動車メーカーの覇権を廻る販売合戦は、一般家庭にも自家用車が普及し始めた高度経済成長期から20世紀末まで続いた。

 2代目となったブルーバード410型は、ライバルを引き離すべく1963年に投入された。他社が軒並み米国調を標榜していたのに対し、著名なデザイナー・ピニンファリーナを起用して欧風のデザインを前面に押し出した。

 コロナも翌年に3代目となる新型を発売してこれに対抗し、結果的にこの対決はトヨタが勝利した。販売台数としてはブルーバードも先代を上回る売れ行きだったのだが、コロナの勢いには勝てなかった。最大の敗因は俗に「たれ尻」と揶揄された410型のテールデザインにあった。大衆の目は米国調の“尖った”ラインが好みだったようで、欧州調の“緩い”テールデザインがお気に召さなかったらしい。

 その410型を母方の祖父が一時所有していた。以前「ブルーバードU」の話をしたが、さらに10年前にすでにブルーバードと縁があったというわけだ。

 祖父は腕の良い大工の棟梁で、頑固な職人気質そのままの人物だった。子供心には“恐い大人”でしかなかったが、冠婚葬祭で親類が集うときは、従兄弟と一緒にそれぞれの会場まで送迎してくれた。その運転は意外にも丁寧で、厳格さと気遣いが感じられた。

 おそらく日々の仕事ぶりそのものなのだろう。棟梁として、一癖も二癖もある昭和の一匹狼の職人たちを纏めるのは骨の折れることだったに違いない。これは偏見でしかないが、昭和の職人というと酒好きで仕事以外には無頓着というイメージが強い。実際、腕の良い職人は稼ぎも良かったので、賭け事を初め金の遣い方を間違える者が多かったとも聞く。それこそ「宵越しの銭は持たない」といった、誤った男気がまかり通っていたのだ。

 だが祖父はギャンブルも酒もやらず、しっかり職人たちを掌握していた。そこには大工としての腕だけでなく、人徳というものもあったかもしれない。人徳は大げさとしても、酒を飲まないので飲酒運転の心配はもちろん酒の席での失敗も皆無で、依頼主からの信頼は絶大だった。おかげで仕事が途切れることはなかったのだ。日銭が頼りの職人にとって、これ以上の頼もしさはなかっただろう。

 そんな生真面目な祖父の数少ない趣味が、釣りと錦鯉を飼うことだった。殊に錦鯉に関しては水槽を自作するほどの熱の入れようで、優雅に泳ぐ姿を飽くことなく眺めていた柔和な顔は忘れられない。

 記憶が蘇ったきっかけは、あるお笑い芸人の露出が最近特に目立ったからだ。長い下積みの末に花開いた『錦鯉』の二人である。この芸名から短絡的に祖父の思い出が喚起され、同時に懐かしい車名も浮かんだのだった。

 一時は2大メーカーのイメージリーダーとして激闘を繰り広げた両車だが、社会情勢の変化とはいえ、奇しくも2001年にどちらの車名も消滅してしまった。一方で、令和になって「コロナ」という名前だけが、クルマに無関心な若者も含めて全国民に知れ渡ったことは皮肉である。

 特定メーカーに肩入れするつもりはないし、またクルマ社会がどう変化すべきなのか見当もつかないが、長いトンネルの先に歴史ある車名の復活を期待する気持ちもあるのだ。甘いノスタルジーと嗤われたとしても。

 確かに時代はそんなに優しくはないのかもしれない。だが、せめて幸せの「青い鳥」が身近にいて欲しいと願うのは、それこそ童話の世界なのだろうか。