〈昭和の忘れもの〉バイク番外編
【バイク雑誌『ロードライダー』(立風書房)】

バイクブームが最盛期を迎えた1982年の3月、雑誌『ロードライダー』(立風書房)は創刊した。日本の2輪メーカーの絶頂期であり、関連雑誌も花盛りで、各誌が特色を競っていた。 *蔵書が散逸してしまい、画像は創刊4号
そのころ、とある編集者に声を掛けられた。
「バイク雑誌の編集で人を探してるんだけど?」
人付き合いが苦手で、それゆえ人脈と呼べるようなものはほとんど持ち合わせていないが、辛うじて出版業界には数人の“知人”がいた。彼はその中の一人で、編集に興味があると以前に話したことがあって、それを覚えていて誘ってくれたのだ。実に律儀な話だが、たまたま当時バイクに乗っていることも知っていたので、半分は社交辞令だったのだろう。
その出版社ではすでにクルマ雑誌を発行しており、バイク雑誌は遅ればせながらの参入で、それが『ロードライダー』誌だった。当然新規採用はしたのだが、クルマ雑誌のほうでも人手が足りなくなって追加採用の必要に迫られたとのこと。ただ、即戦力が必要なのだと力説された。
自分としては身に余る話だったが、2輪・4輪雑誌編集のハードワークも耳にしていた。専属のライダー・ドライバーを擁する老舗専門誌もあったが、中小の出版社では編集者自ら試乗することが普通だ。むろん、そうでなくては実のある記事など書けないだろう。もとより、腕に自信のあるセミプロ集団でもあった。
各メーカーの新車種に触れられるのは魅力だが、ロケはかなりハードだという。各誌が競合するため、新車(広報車)の試乗は順番制で分刻み。それでいて、レポートは文章の巧拙よりも詳細かつ正確であることが求められる。特に数値に関しては細心の注意を払う必要があった。コンマ1の誤記も許されない。他社のマシンよりも0.1秒でも速く、0.1馬力でも高出力であることを謳うメーカーの広報活動の要であり、何より雑誌の信用にかかわるからだ。
しかも、新車の特徴を見極めたうえで、メーカーと読者の双方に気を配る必要があった。広報から渡される美辞麗句の並んだ資料を鵜吞みにせず、公正なユーザー目線も忘れるわけにはいかないのだ。自分はそんな器用さとは無縁で、とても自信がなかった。
結局、返事を保留している間に話は立ち消えとなった。当の編集者もすでに退社したと聞いた。激務に耐えかねたのか新たな道を見出したのかは本人のみぞ知るだが、その進退も含め、自分の与り知らないところで事態が動いていたことで、何だか梯子を外されたような複雑な思いだった。とはいえ、自分が一歩を踏み出すことを躊躇った結果なので、恨み言はお門違いというものだ。それでも、店頭に並んだ最新号を目にする度にちょっぴり未練を覚えたことも否定しない。
『ロードライダー』は後発誌ということで、誌面にチャレンジ精神が溢れていたように思う。他誌が取り上げない話題や、ライトな記事も幅広く扱っていた(要するにてんこ盛り?)。といっても、これは創刊からしばらくの間のことだ。おそらく新しい編集者が他誌に歩を合わせることなく、自由な発想を誌面に反映できたからだろう。それが許されたのも2輪業界の勢いと、ユーザーの「バイクライフを自由に楽しみたい」という情熱のおかげだったと思われる。尤も、それは他誌にも言えることで、互いに得意分野を追求することで内容も多岐に亘って磨かれていったのだろう。
だが、狂騒ともいえたバイクブームも次第に沈静化し、直近の国内2輪車生産台数は往時の10分の1となった。ただ、この数字には先ごろの50㏄バイクの生産終了が反映されており、251㏄以上の所謂“趣味としての2輪車”の販売台数はここ数年安定しているとのことだ。女性ライダーの増加とともに、かつてのライダーが懐のゆとりを得た“シルバーライダー”として2輪に帰ってきていることも影響しているらしい。また意外にも、免許取得の総人数も減少していないという。
そんな話を聞くと妙に安心してしまいそうだが、広告媒体の変化という別の潮流によって雑誌業界は安閑としていられない状況だ。バイクに限らず、広告収入によって多くを支えられている雑誌にとって、スポンサーの紙媒体離れは死活問題である。
こうした苦しい状況においても生き抜いているバイク雑誌もあるが、『ロードライダー』は2019年に休刊した。創刊から一貫して読んでいたわけではないので、内容と休刊に至った理由との因果関係については不明だ。だが外野が勝手に推測するに、発行元が次々と変わり、経営母体に翻弄されたことも無関係ではない気がする。
ともあれ昨今の出版界の現状を憂いてはいるが、今回はそうした大局観を語るつもりはない。物置の段ボール箱に古い雑誌を見つけ、一般読者よりもほんの僅かだけ接点が近かったことを懐かしく思い出したに過ぎないのだ。だから、今になって素直に言えることがある。バイクは趣味として無心で楽しむものであって、仕事にしなくてよかったと。
願わくば、これが負け惜しみに聞こえなければいいのだが。











