syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

バイカーの系譜

〈昭和の忘れもの〉バイク編㉙

【カワサキ 650-W1SA】

 かつてバイク仲間のNが乗っていたのがカワサキ・650-W1Sだ。ダブワンの愛称で親しまれ、オールドバイクファンにとっては垂涎の的だった。

 その伝統的なバイクを現代風にモディファイし、1971年に登場したのが650-W1SA(カタログ表記はどちらもW1スペシャル)である。このマイナーチェンジでは多岐に亘って細かく手が入れられたが、どれをとっても技術陣の誠意が感じられるものであった。最大のトピックは、先代が伝統を踏襲して左ブレーキ・右ギアチェンジペダルだったのに対し、一般的な左ギア・右ブレーキペダルとなったことだ。この改良により、ダブワンは格段に乗り易いバイクとなったのだ。

 実は、市場はすでにナナハン時代に移行しつつあり、カワサキも新機種の投入を控えていた。それが後年の名車・750RS、いわゆるZ2(ゼッツー)であった。650-W1SAはいわば750RS発売までの繋ぎとして世に出したのだが、関係者にとっては嬉しい誤算というべきか、ファン層が広がって一時的ながらダブワンブームが再燃したのだった。

 このバイクに、というか乗り手に出会ったのは80年代初頭、自分もCB750fourを所有していた頃だ。社会人の仲間入りをしたものの、まだ浮草のような日常を送っていた。今だから言えるが、本来バイク通勤は禁じられていたにもかかわらず、度々その禁を破っては悦に入るという、相変わらずのアウトローを演じていた。コンプライアンス意識が希薄な時代とはいえ、若気の至りと俯くしかない。

 折りしも新年度の異動シーズンで、その日は新しい係長が着任することになっていた。朝礼で紹介されたのは、厳つい顔立ちでがっしりした体躯の、建築現場の監督が似合いそうな人物だった。

 数日後の昼時、そのU係長に昼食を一緒にと声を掛けられた。行きつけの食堂へ案内すると、席に着くなり言われた。

「〇〇君はナナハンに乗ってるんだって?」

 誰かが進言したらしい。さすがに唐突だったので、曖昧に言葉を濁した。若かったせいもあるが、いきなり自分の世界に踏み込まれたようで拒絶反応が前面に出てしまったのだ。もとより、上司と仕事以外の話をしたいとは思わなかったが。

 1週間ほど過ぎた快晴の朝。駐輪場にナナハンを停めると、キャブトンマフラーの重低音が背後に迫った。エンジ色のタンクに黒のラインが入ったダブワンが数台の自転車を挟んで停まり、がっしりした体格の人物が車体の横に降り立った。なんと、それはU氏だった。

「私も長年オートバイに乗ってるんだよ」

 以来、同好の士を得たとばかりに距離を詰めてくるのだが、こちらにその気はなかった。旅先で出会ったライダー相手であれば、歳の差など関係なくバイク談義に興じることもできるのだが、仕事絡みとなるとそうはいかない。公私の区別も含め、立場の忖度といったバイアスが掛かってしまうからだ。

 その日も、こちらの当惑には無頓着で話が止まる気配はなかった。いい加減辟易していると、1枚の写真を見せられた。そこには、庭先に停めたダブワンのシートに跨って、満面の笑顔を見せている幼い女の子が写っていた。後ろに乗せてツーリングにも行くんだよ、そう付け加えたU氏は父親の顔をしていた

 他人の家族のスナップなど普段なら見る気にもならないが、この1枚は違った。買い物の足にも愛娘を乗せたツーリングにも、このダブワンはごく自然に寄り添ってきたに違いない―――そう思わせる、得も言われぬ空気感・幸福感が漂っていた。

 生活・家族の中に違和感なく溶け込み、かつ存在感を放つバイクの持ち主の心情。それは、バイクとは1対1で対峙するものと信じてきた自分の感覚とは相容れないものだ。あるいは年齢を重ね、家庭を持てば理解できるものなのだろうか。

 答えを出すことはできなかったが、便宜的に「ライダー」と「バイカー」との違いだと己を納得させた。あまりに感覚的で定義も曖昧ではあったが。

 あれから半世紀近く経つが、自分にはバイク愛を引き継ぐ人間がいない。一方、U氏の娘さんや孫にはバイカーのDNAがしっかり引き継がれていることだろう。悔しいが、不思議とその確信だけはあるのだ。なぜか、幼い女の子の笑顔が目の奥に焼き付いて今でも消えないからだ。

 因みに、バイク通勤の件はお咎めなしだった。U氏が手を尽くしたのだろうが、同罪で一蓮托生を回避するためには当然か。大人の世界はやはり難解だ。