syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

昭和の忘れもの

紫煙の向こう側」

【ロスマンズ・キングサイズ】モノ・コト編⑳

f:id:syouwanowasuremono:20210630014931j:plain

 紫煙―――最近とんと見かけなくなった言葉だ。死語と言えるかもしれない。

 愛煙家の居場所が年々無くなっている。自身もかつては喫煙者の仲間だったので、彼らの嘆きは理解できる。

 煙草を喫い始めた頃は好奇心からあらゆる銘柄を試したものだが、正直なところ比較評価できるほどの味覚(嗅覚?)は持ち合わせていなかった。そんな中でようやく出会ったのが『ロスマンズ・キングサイズ』だった。決め手は味ではなく、白と紺の地に「Rothmans」のロゴが入ったパッケージデザインが気に入ったからだ。周囲に同銘柄を愛飲している人間がいない事も、天邪鬼の自分にはお似合いだと思った。

 以来、入手が困難で高価にも拘わらず頑なに同銘柄に固執し続けた。そのため、周囲からは益々“偏屈者”という目で見られるようになったのだが、モータースポーツ(主にカーレース)が世界的な隆盛を見せ、メインスポンサーに煙草メーカーが参入し始めたことで状況が変化した。

 WEC世界耐久選手権(名称は度々変更された。ル・マン24時間が有名)で「ロスマンズ・ポルシェ」がレースを席巻したのである(1982年当時)。サーキットを疾走する“ロスマンズカラー”のレーシングカーは迫力満点で、ヴィジュアル的にも美しかった。しかも常に優勝争いに絡む実力を兼ね備えていたので、モータースポーツファンは熱狂した。メーカーの思惑通り、ブランド名は一気に広まった。

 おかげで“ロスマンズカラー”は多少認知され、「モータースポーツが好きなんですか?」とか「あのポルシェの?」といった、会話のきっかけにはなった。

 だが、そもそも輸入量が少なく、価格も国産ベストセラー品の2~3倍ほどだったので、国内では相変わらずマイナーな存在だった。だから、“ブツ”を確保する苦労は依然として続いていたのだ。しかし、その後様々な状況が重なり、ある時ついに禁煙を決意するに至った。奇しくも昭和が終えようとしている年であった。

 およそ10年後。個人的な出来事で日々を煩い、禁煙による物足りなさも忘れかけた頃に迎えたミレニアム。そこでは、あらゆる状況が激変していた。それは微睡みを断ち切られたような、エアポケットから抜け出た瞬間のような無防備な困惑だった。

 喫茶店の片隅で煙草の煙に目をしばたたかせながら、その香りと共にコーヒーを味わったあの日々―――だが煙が晴れてみると、澄んだ空間の先には何も無くなっていた。ロスマンズカラーを纏ったレーシングカーも、顔なじみのおばちゃんのいたたばこ屋も、行きつけだった喫茶店さえも。

 宿命といえる歳月の流れ。それを受け入れられない障壁が感傷だとしても、無性にそこに身を置きたくなる時もある。そう自分に言い訳して、10年ぶりに煙草に火を点けてみようと思い立ったのだが、肝心の『ロスマンズ・キングサイズ』は1999年、21世紀を迎えることなく絶版となっていた。もう二度と、あの日々を再現することは叶わない。

 総べては、煙の向こう側の出来事だった・・・。