syouwanowasuremono’s blog

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「宗旨替え」

マツダ ファミリアAP1400 ツーリングカスタム】クルマ編⑨

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 4輪の2台目の愛車はスポーツカー然としたロータリークーペから一転、丸みを帯びたデザインでパワー的にも非力な、ネーム通りの“ファミリー”カーだった。

 にもかかわらず購入を決めた理由はいくつかある。まず、車内が広いこと。スタイル重視のクーペとは天と地の差があった。次に、世界的に流行の兆しのあったハッチバックの使い勝手の良さ。そして何よりも、世話になったメカニック氏に対する信頼と義理であった。

 クルマは機械である。けれど、往々にして人間関係によって出逢いが左右されたりするものだ。さらに、その後のカーライフも。

 それまでは走ること自体が楽しみであり、パワーが重要と考えていた。しかし、このクルマの最高速度はせいぜい時速150キロ。それも平坦な直線が2㎞も続けばの話だ。それでも不満は感じなかった。それよりも後部スペースに荷物が大量に積めて、座席を倒せばフラットに出来ることのワクワク感のほうが大きかった。過去の、車中泊の苦い記憶がまざまざと蘇ったのだ。遠出をしても、平らな荷室なら身体を伸ばして寝られる―――若い頃、たいていの男が考える事だ。それにしても、旅先の車中泊を前提にクルマ選びをするなんて。宗旨替えともいえる心境の変化に、我ながら驚いた。

 この「4代目ファミリア」は1977年(昭和52年)に発売された。先代が不振で経営難となったマツダが徹底的な顧客調査を行った結果を元に創り上げたクルマで、トレンドに合わせたスタイリング、扱いやすく信頼性が高いというのが売りであった。

 ただ個人的にはスピードはともかく、外見には不満があった。そこで精一杯の抵抗(?)で、色は受注生産のブラック(当時、大衆車で黒の設定は少なかった)に決めた。さらに納車後にホイル交換、ドアミラー、フォグランプの取付け等々、昭和のカスタムの定番を一通り施した。だが、あくまでも自己満足でしかなく、地味なクルマである事に変わりはなかった。

 それでも、唯一このクルマがスポットを浴びた場があった。高倉健武田鉄矢桃井かおりらが出演した映画『幸福の黄色いハンカチ』(山田洋次監督 Ⓒ松竹)である。この映画の中で、発売されたばかりの「ファミリアAP」は準主役ともいえる存在感を見せた。

 映画の内容はご存じと思うので触れないが、“準主役”については裏話がある。当初、タイアップするマツダとしては「新型ファミリア」のターゲットに若者を想定していたので、よりスポーティーな3ドア車の提供を考えていた。ところが、主演の健さんが後部座席からスムーズに降車できることが演出上の条件との理由で、やむなく5ドア車での撮影になったという。マツダ側としては誤算だったが、映画のヒットにより結果的にはプロモーションとしての成果を十分に収めることができた。物語の感動のラスト同様、映画会社も自動車メーカーもめでたしめでたしとなったのだ。

 一方で、お得意様であるはずの自分は置き去りにされた気分だった。というのも、まさか黄色いロータリークーペを手放した報いとは思わないが、若き日の自身の空に「黄色いハンカチ」がたなびくことはなかったからだ。