syouwanowasuremono’s blog

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「赤じゃないけど」

【ファミリア3ドアHB 1500XGi】クルマ編⑫

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 高い技術力を持ちながら販売面では苦戦を続けていた東洋工業(現マツダ)は、1980年発売の5代目ファミリアの大ヒットによって救われた。

 4代目ファミリアは実用的で高い評価を得たが、スタイリングは賛否が分かれた。丸みを帯びたフォルムは愛らしかったが、野暮ったさも感じられたからだ。そこでマツダは根本的に見直しを図り、フォルクスワーゲンの「ゴルフ」に倣ってFF(前輪駆動)化を決断した。これによりデザインの自由度が増し、シャープなラインの5代目ファミリアが誕生したのだ。

 このFFファミリアは走行安定性に優れ、ルックスもお洒落だったので売れ行きは好調だった。特に赤の「1500XG」は各種のメディアでも取り上げられ、若者を中心に人気が爆発した。巷では「赤いファミリア」がトレンドとなり、赤でなければファミリアにあらずといった風潮さえあった。販売店にとっては痛し痒しで、他の車体色よりも納車が3ヶ月遅れという弊害が生まれたほどだ。

 かくいう自分もセールスマンに勧められたのだが、経済的な余裕もなかったので適当に受け流していた。どの車種にせよ赤いクルマを買う気はなかったが、本音は流行に乗せられてなるものかという意地だった。

 1983年。マイナーチェンジでエンジンが新しくなり、パワーが10%程アップされた。合わせてドアミラーが採用されるなど、細部にも改良が加えられて登場したのが「1500XGi」である。その出来映えの良さに、つい興味を引かれてしまった。元々垢抜けたスタイルは気に入っていたし、愛車(ファミリア1400TC)の車検が迫っていることも頭の片隅にちらついたからだろう。

 そんな気持ちの揺らぎを、百戦錬磨のセールスマンは見逃さなかった。ある時、雑談の最中に声を潜めて耳打ちされたのだ。

「〇〇さんは丁寧に乗ってるので、下取り価格を特別に・・・」

 まさに悪魔の囁きだった。

 かくてまんまと術中に嵌まり、気付いた時には契約書にサインしていた。言い訳をするなら、「XGi」は心臓(エンジン)が強化され、「XG」と同排気量ながら総合的にはワンランク上のクルマに変身していたからだ。シルエットは殆ど変わらないが、中身は別物だという自負で己を納得させたのだ。さしずめ天丼の「並」と「上」の差ほどの、庶民的でささやかな自己満足である。 

 だからこそ巷に溢れた「赤いファミリア」のイメージから逃れたくて、ボディーカラーは前車に引き続き黒に決めたのだ。にもかかわらず、周囲からは例の如くひねくれ者扱いされることが多かった。

「ファミリアでなぜ黒なんだ? それなら別の車種を選べばいいのに」

 大きなお世話だ。望んでいた性能・機能と懐事情を考慮すると選択肢が殆どなかっただけだ。けれど後悔もしなかったので心に決めたのだ、何を言われても毅然とこう答えようと。

「“赤”じゃないけど、何か問題でも?」