syouwanowasuremono’s blog

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「good-bye ロータリー」

【ファミリアプレスト・ロータリークーペ Final】クルマ編⑧

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(季節感のずれについては先に断っておく) 

 刺激的な夏の毒気が抜けず、しばらく遠出を躊躇っていた。だが穏やかな秋の日差しに気持ちが緩み、紅葉を眺める気分になった。

 気がつけばロータリークーペのシートに収まり、以前バイクで何度も訪れた県境近くの湖を目指して走り出していた。途中のS峠はバイクでも厳しい切り返しの続く、以前CB350fourが谷底に転落した曰く付きの難所である。それでも、次第に色付く山肌を眺めながらのドライブは爽快だった。ドアガラスを全開にし、お気に入りのカセットを聴きながら無心にステアリングを操る。それは至高の時間と言えた。

 途中、かつての自分たちのようなグループツーリングの一団と何度かすれ違った。好ましいことに、いずれも慎重な運転に徹しているようだった。自身も紅く染まった木々に目を奪われないよう、気を引き締めた。

 そうやって湖近くのドライブインまで辿り着いた。毎回、ここでコーヒーを飲みながら小休止するのが慣例だった。湖は目と鼻の先だが、紅葉のタペストリーはこの場所から眺めるのがベストなのだ。

 今回のドライブは、いわば儀式のようなものだった。真夏の波頭を輝かせる潮風、錦繍の紅葉を渡る山風―――年の後半でそのどちらも堪能した。これで今年も豊かな気持ちで締め括れるだろう。そんな風に自身で納得し、早々に帰路に着くことにした。

 下りの峠道はさらに慎重になる。知らず知らずオーバースピードになるので、ギアの選択とブレーキングには神経を遣う。稀にカフェレーサー風のバイクがかなりの速度で駆け上がってくるが、こちらの方が身構えて腕に力が入ってしまう。

 見通しの利く右カーブを抜け、ブラインドになった左カーブに差し掛かった時だった。明らかにセンターラインをはみ出した対向車があった。まさかとは思ったが、左車線には戻らず真っ直ぐ自分に向かってきた。避けようがなかった。反射的に僅かにステアリングを左に切り、思い切りブレーキを踏んだ。

 次の瞬間。ドンッという大きな音とともに激しい衝撃に襲われた。必死に踏ん張ったものの、右腕と胸の辺りに痛みが走った。当時はエアバッグなど装着されていなかったので、ステアリングにもろに打ち付けられたのだ。

 一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐに我に返った。アドレナリンのせいで痛みも吹き飛んでいた。車外に出て確認すると、愛車のフロント部分は無残に潰れていた。

 幸運が幾つか重なった。どちらかの速度があと10キロ速ければ、結果はもっと深刻なものになっていただろう。こちらが下りの急カーブで十分に減速しており、相手が非力な商用車でしかも空荷であったことも幸いした。そうした複数の要素が生死を分けたのかもしれない。

 しかし、この”幸運"を過大評価したせいで状況判断を誤り、それから1年以上に渡って怒り、苦悩、忍耐を強いられるとは思ってもいなかった。

(その詳細については数十ページに及ぶレポートになり、忌わしい記憶でもあるので割愛する)

 要点だけ記すと、加害者は酒気帯び運転でしかも無保険、おまけに自己破産寸前だった。そんなわけで、弁償問題で相手の兄弟も巻き込む大事となってしまった。最終的には修理代の実費だけは分割で何とか回収できたのだが、気がつけば季節が一回りし、街にはクリスマスソングが流れていたのだった。

 ともあれ、これでやっと晴れ晴れとした気分で新年を迎えられると思ったのも束の間、今度はロータリークーペのエンジンが不調になった。実を言えば、しばらく前から違和感は感じていた。事故から1年ほど経っていたので因果関係は不明だが、以前のようなパワー感がなくなっていた。当初は事故による精神的な落ち込みによる錯覚かと思ったが、冷静になってみると純粋に機械的な問題だと確信できた。

 ディーラーのメカニックに訊くと、大掛かりなオーバーホールが必要とのことだった。ロータリーエンジン特有の弱点であるオイルシールの交換を含め、エンジンを降ろして各所に手を入れる必要があり、結構な費用が掛かるという。

 事故直後、修理をするかしないかで決断を迫られた。修理不能なら諦めがついたのだが、奇跡的にエンジンとシャーシーは致命的なダメージを免れたので、購入金額に近い大金を立て替えて修理に踏み切ったのだ。愛着もあったし車検を取って間もなかったのも理由だったが、すでに生産中止となった車種であり、程度のいい車体を改めて探すことは困難だという思いがあった。だからこそ長く乗り続けなければならない・・・そんな強迫観念のようなものも抱いていたのだ。

 だが、ようやく修理代の回収が済むと、一気に張り詰めていた糸が切れたように感じた。すると先のエンジン不調や、燃費の悪さが気になり始めた。人の感覚とは妙なものだ。昨日まで気にも止めなかった事柄が、ある日突然許容できなくなってしまうこともある。

 大いに悩んだが、間近に迫った車検を含め、経済的な理由で手放す決意を固めた。意外にもSL350の時とは違って、きっちりと気持ちの区切りを付けることができた。貴重な体験や思い出と、現実的な経済問題を冷静に比較できるくらいには成長していたということらしい。それと、世話になったメカニックの人の一言が背中を押してくれた。

「私が引き取るよ。エンジンは時間を掛けて直すから」

 自分は二番目の所有者ではあったけれど、この3年間で互いにわかり合える相棒になったつもりだった。だからこそ次を託すのは信頼できる、ロータリーへの愛がある人物であって欲しいと願っていた。その意味でこれ以上の適任者はいなかった。

 おかげで、晴れやかな気持ちで愛車に告げることができたのだ。

「ありがとう! グッバイ、プレスト・ロータリークーペ!」