syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

無事という空疎

〈昭和の忘れもの〉クルマ編㉑

【ファミリア 3ドア1600GT】

スタッドレスタイヤを組んだホイル

 災厄が続いた「ファミリア1500XGi」に見切りをつけ、7代目の「ファミリア1600GT」に買い替える決心をした。ロータリーは規格外として、1400から1500へと段階を踏み、今回ようやく1600㏄に到達した。何と謙虚なのだろうと自画自賛したいほどだ。

 7代目ファミリアはボディタイプが3種類、エンジンは2種類用意されていた。愛車に選んだ1600GTは、最もスポーティーな3ドアのホットハッチである。

 自分で言うのも何だが、このクルマは実に出来が良かった。サイズ感とパワーのバランスが絶妙で、且つ足回りがエンジンより勝っていたのでコーナリングも安心だった。さらにGT仕様のシートが絶品で、長距離の運転でも苦にならなかった。

 そういうわけで散々あちこちへ出掛けたのだが、不思議なことに劇的なエピソードの記憶がない。その大きな要因は、助手席に収まる特定の人物がいなかったせいだろう。良くも悪くも平穏な日々が流れて(流されて?)いたということか。

 数少ないトピックは、あるクルマ専門誌の「新型車レビュー」に採用されたことと、勢いでスタッドレスタイヤを購入してしまったことくらいだ。モノコト編ではスキーの話は過去になってしまったが、当時活躍したのがこの1600GTである。ただ、自発的というよりは友人に請われてというパターンが多かった。

 ある年のシーズン半ば。スキーを始めるきっかけとなった彼女にはすでに振られていたが、知り合いの“スキー女子”2人からトランスポーターとして声が掛かった。何の下心もなかったが、大枚をはたいて手に入れたスタッドレスタイヤは地元では宝の持ち腐れだったので、減価償却の観点から新潟方面への遠征を承諾したのだった。

 スキー最盛期の道路事情については以前触れたが、東京近郊から上越方面のスキー場に向かうには真夜中に出発しなければならなかった。その日も夜明け前に集合したのだが、生憎の雨模様だった。願いも虚しく降り出した雨は次第に激しくなり、予報では新潟方面も雨だという。せっかく予定を組んだのに残念だったが、雨中の滑走が悲惨だということはわかっていたので、スキー行はやむなく中止となった。

 女子たちは努めて「また次の機会に」などと慰め合っていたが、その落胆ぶりは見るに忍びないものだった。しかし、中止の決断は正解だった。夜のニュースで、新潟方面の大雪が報じられていたからだ。低気圧の発達によって当初の雨予報が雪に変わり、午後には猛吹雪になったという。ゲレンデは視界不良となり、高速道も一部閉鎖されたとのことだ。

 あのまま強行していたら、スキーはおろか帰宅も適わなかったに違いない。場合によっては遭難の可能性すらあったのだ。スキーを楽しむことはできなかったが、結果的に危険を回避できたのだからラッキーだったと言うべきなのだろう。

 表面上は起伏と映らなくても、振り返って初めてその意味や価値に気付くこともあるのだ。波乱に満ちた刺激的な日々も楽しそうだが、カーライフにおいては問題が起きないこと、すなわち無事であることはそれだけで幸運と呼んでいいのかもしれない。

 因みに、この1600GTは自分の手を離れるまで事故はもちろん、傷ひとつ付けることがなかった。これはある意味奇跡的である。ドラマチックな場面がなかったからといってそれが何だ。相対的に、平穏な日常の傍らに寄り添ってくれたクルマの存在自体が愛おしく思え、それだけで幸福感を味わうことができたのだ―――と鷹揚さを気取っても、なぜか負け惜しみの感が拭えない。波風の立たない日常がどこか空疎に思えてならないのは独善でしかないのだろうか。

 本音を言えば、「助手席は予約済なので乗せられないんだ」「ボディーの傷には理由があってね・・・」などと嘯きながら武勇伝を開陳してみたかった。それが今さらながらの妄想であり後悔でもあるのだ。