「ムズムズ」
【ホンダ ホワイトダックス70】 バイク編④
書棚を整理していると、奥から小さなプラモデルのキットが出てきた。ホンダのホワイトダックスである。
いくつかの部品をはめ込むだけの簡単な代物で、以前友人から貰ったものだ。彼が知っていたかは定かではないが、かつて実車に乗っていたことがあるので、その食玩のおまけのようなキットが殊の外愛しく思えた。
コンパクトな白い車体に花柄のシート。今考えると不思議でならないが、当時は気恥ずかしいという意識は皆無だった。何しろ、なりは小さくてもこいつはれっきとした自動二輪車だからだ。原付を後目(しりめ)に、時には野郎同士が身体を密着させ、意気揚々と街中を疾走したものだ。
その見かけとは別物の力強いエンジンの唸り、お洒落な車体とそれを駆るニキビ面の高校生とのアンバランス。それはそのまま、当時の自分の心の有り様を表していたように思う。細かな場面は忘れても、あの小さな白い車体から見上げた街の風景や人々の姿は脳裏に焼き付いている。
殊に、塾へと急ぐ上級生の真剣な眼差しや、日焼けした顔に白い歯を覗かせていた部活帰りの女子の溌剌さ・・・そのいずれもが眩しく見えた。
この時胸に湧き出した妙に落ち着かない、焦りにも似たムズムズした感覚の原因は、尻の下の花柄シートのせいではなかったのだろう。