syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

昭和の忘れもの

「55㎜×35㎜の記憶」

【広告マッチ(喫茶店・レストラン)】モノ・コト編㉒

上:辛うじて難を逃れたコレクションの一部
下:40年前の自室の壁に並んでいた広告マッチ

f:id:syouwanowasuremono:20210830000634j:plain

 

f:id:syouwanowasuremono:20210830000723j:plain

  前回の巨大なフェリーから一転、今回は手の平サイズの広告マッチの話である。

 かつて喫煙者だったことはすでに書いた。時代とはいえ当時の成人男性の喫煙率は80%を越えていて、街中には多くの喫茶店が存在し、気軽にコーヒーとタバコを味わうことができた。

 そんな背景もあって、サービスを兼ねてオリジナルのマッチを作っていた店も多かったのだ。中には店名と電話番号だけという味も素っ気もないものもあったが、僅か55㎜×35㎜ほどのスペースに意匠を凝らした逸品も存在した。そうした店のコーヒーはたいてい美味かった記憶があるが、気のせいだろうか。

 味との相関関係は置くとして、喫茶店における広告マッチは店と客双方に大きな負担にならない手軽で、かつ実用的なアイテムだったのだ。自身は高校時代からその恩恵(?)に浴していた。というのは、バイクツーリングの先々で記念として広告マッチを持ち帰っていたからだ。ガソリン代で手一杯の学生には土地の名産品を買う余力は無かったが、旅先の喫茶店・飲食店で手に入れたそれらのマッチは、十分魅力的な土産だった。しかもそこには地名や住所が記載されていることも多く、格好の旅行記録にもなった。

 タバコを吸うようになると、店でマッチを貰うことにも抵抗感がなくなり、旅先での収集熱もエスカレートした。何しろ嵩張らず、時に秀逸なデザインに出会ったり、コレクションアイテムとしては実にお手軽でお得感もあったからだ。

 広告マッチの全盛期と重なっていたのだろう、いつしかその数は300を越えた。初めのうちこそ、たまにコレクションを眺めては懐かしく現地の事を思い返したりしていたが、あまりに増えてしまって、ある時から事務的に段ボール箱に放り込むだけになってしまった。

 そんな姿勢が災いしたのか、後年、大きな失敗を犯した。

 時代の変遷と共に喫煙者が減少し、喫茶店が次々と姿を消すという悪循環が進みつつある頃、引っ越しの際にその段ボール箱を誤って処分してしまったのだ。直後に気付いたが後の祭り。“ブツ”そのものはタダで入手したものだが、近隣の店もすでに消滅していて、二度と手に入れることができない―――その現実を突きつけられ、愕然とした。

 とたんに、ちっぽけなマッチ箱が愛おしく思えてきた。誤って廃棄してしまったのは単なる広告マッチではなく、それぞれの店の遺産だったといえるだろう。加えて、そこには自身の思い出とか、大げさに言えば歴史すら含まれていたのだ。

 青函連絡船の消滅を嘆いたと思えば、ちっぽけなマッチ箱にロマンやノスタルジーを感じたりと、この辺りが昭和のオヤジたる所以だろう。けれど、糸口は違っても、辿った先にある記憶や思いに優劣はないのだ。

 誤解を恐れずに言えば、印象に残っているマッチ箱の絵柄は、例えば53億円で落札された30号の“あの名画”や、戦争の恐怖の普遍性を描いた幅7.8メートルに及ぶ“あの大作”と同等なのだ。少なくとも、自身の胸底に占める大きさにおいて。