〈昭和の忘れもの〉クルマ編⑲
【スズキ フロンテクーペGX】
新規格(550㏄)の軽自動車が目立ち始めた頃だ。地元中学校の同窓会があり、懐かしい顔が集まった。懐かしいと言っても7、8年ぶりくらいの、何とも中途半端なものだった。
散会してからお決まりの二次会の話になった。酒に弱いので個人的には乗り気ではなかったのだが、音頭を取ったのがかつてのバイク仲間のNだったので断り切れず、行く気満々の数人に付き合うことになった。
歩いて10分ほどで着いたのは『鉄ちゃん』という看板の掛かった、居酒屋らしき店だった。住居に併設されたこぢんまりした造りだ。
実のところ店の設えよりも、カーポートに収まったすでに生産が終了した「フロンテクーペGX」が気になっていた。2スト3気筒360㏄、最高出力37馬力。これはリッター換算すると100馬力オーバーで、単純比較ではあの「スカイラインGTR(KPGC10)」よりも強力なエンジンということになる。この事実は所有者の自尊心を十分くすぐった。
軽とは思えない低いスタイリングはもちろん、インパネに並んだ6連メーターも憧れだった。メーターの数がスポーツカーの証だった時代だ。
「いらっしゃい」
通い慣れた様子のNに続いてぞろぞろと暖簾を潜ると、威勢のいい声が迎えた。
「ここは鉄男の店なんだ。おまえ、小6の時同じクラスだったよな?」
Nは自信たっぷりに言ったが、正直なところ記憶に定かではない。上の名前も思い出さないので、特に親しくはなかったはずだ。聞けば、中高は別だというから覚えていなくても不思議ではない。
ただNを含めて3人が同じ高校出身ということで、店主の“鉄ちゃん”と思い出話で盛り上がっていた。自分は蚊帳の外だったが、クルマの件が気になっていたので会話に割り込んだ。
「あのフロンテは君の?」
「免許を取ってすぐに中古で買ったんだ、親父に金を借りてね。今は『フェアレディZ』とか欲しいけど、店を回すのに金が掛かるから当分は無理だな」
「フロンテクーペはいいクルマだよ。速いし、内装もカッコいいしさ」
酒代では『鉄ちゃん』に貢献できそうになかったので、せめてもの社交辞令だった。それでも彼は嬉しそうに笑った。その無防備な笑顔が好印象だったので、一方的に友だちに格上げしたのだった。
そのくせ、飲めない自分は結局その後『鉄ちゃん』に顔を出すことはなかった。不義理については常々心苦しく思っていたのだが、ある時、偶然近くを通りかかったので思い切って店を覗いてみようと足を向けた。ところが、その場に立って愕然とした。
晴れがましく掲げられていた店の看板は外され、風雨のせいでペンキも剥げて朽ちかけていた。住居も廃屋然として、人の気配はない。もちろんカーポートのフロンテクーペの姿も消えていた。
店が繁盛し、新たな店舗に移転したということなのか。しかし、建物の傷み具合から察するに、廃業して久しいという雰囲気だ。他人事のはずなのに、なぜか暗澹たる気持ちになった。彼は若くして一国一城の主となりながら、驕って高級車を乗り回すこともせず、地道な商いをしていたはずなのだ。
真相は不明にもかかわらず、自分の中ではネガティブなストーリーが一人歩きしていた。例によって空回りした思い込みだと自覚しつつも、己の浅薄さを悔いた。クルマの話題など持ち出さなければ、記憶もあやふやな同級生のままでいられたのだ。そうすれば、『鉄ちゃん』の行方を気に病むこともなかったのに。
嗚呼、二次会なんて、そもそも同窓会になんか行かなければよかった・・・。