syouwanowasuremono’s blog

懐かしい旧車・モノ・コトにまつわる雑感

昭和の忘れもの

「デートカー」

【日産 シルビア2000ZSE-X】クルマ編⑪

f:id:syouwanowasuremono:20211009235147p:plain

 仕事関係の先輩Dさんが乗っていたもので、直線的なデザインがシャープさを際立たせ、スポーティかつ高級感を纏っていた。車格からいっても我々の年代では最上級車であり、スペシャリティーな“デートカー”として人気だった。

 スタイルだけでなく内装も豪華絢爛で、大衆車とは一線を画していた。しかし、この内装が真価を発揮するのは夕方以降、それも深夜がお似合いだ。なぜなら、そのインパネ(インストルメントパネル)の照明が圧巻だったからだ。スピードメータータコメーターはもちろんエアコンやオーディオ類のスイッチに至るまで、これでもかと言わんばかりの光(照明)の洪水だったのだ。それは「夢の国」のエレクトリカルパレードさながらの煌びやかさで、口の悪い連中はやっかみを込めて“走るキャバレー”と称していたほどだ。

 ドライバー本人は派手な車内照明にすぐに慣れたのだろうが、初めての同乗者にとっては強烈なインパクトで、走行中もインパネに目が釘付けだった。そのくせ、速度や回転数などは全く記憶に残らなかった。悲しいかな、計器という本来の機能は完全に無視されているといえた。

 シルビアから降りて自分の車に乗り換えると、急に惨めな気分になったのを覚えている。確かに大衆車だが装備は必要十分で、特に見劣りがするとは思えなかったはずなのに。例えると、旅先のリゾートホテルから自宅アパートに帰ってきたような、シャンデリアから裸電球に逆戻りしたような感覚だった。

 経済力の差と言ってしまうと身も蓋もないが、この格差は辛かった。当時の独身男のステータスは「クルマと彼女」と相場が決まっていたからだ。女性からすればモノ扱いは許せないと激怒されるところだが、たいていの男は事程左様に単純である。

 当のDさんは仕事をきっちり熟す一方で、温厚な人当たりの良い人物だ。クルマ選びにも他意は無く、純粋にスタイルに惚れ込んだ結果だった。まして、年下の者に虚勢を張ったりするような人間ではなかったので、仕事上の付き合いは続いていた。いつ会っても変わらず気さくに接してくれたが、プライベートの細部については多くを語らなかった。“仕事上”と前置きがある限りそれも当然だろう。つまり、大人だったのだ。

「自分の思うとおりに人生を楽しもう」

 それがDさんの口癖だった。正論過ぎるが、なかなか実践はできないものだ。それでも唯一、断片ながら素の人生観を覗かせた言葉だった。

 そこで妄想してしまったのだ。下司の勘繰りで、デートカーとして名を馳せたシルビアの活躍場面を。不特定多数の彼女たちと過ごしたのか、それとも特別な彼女の指定席だったのか。果たしてどちらの“思うとおりの人生”を楽しんだのだろう?

 妄想を抱えたまま付き合いは続いたが、もちろん口にしたことはない。結局、目映い光に満ちた車内の出来事については謎のままである。